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さくらかほる風のいたずらが僕達の出会いを生んだ

last update Last Updated: 2025-05-13 08:05:30

 春風に舞う薄桃色の波の中で、静かに佇む君がいた。

 近年には無く少し厳しめの冬が過ぎ、もうすぐ春の到来を告げる風がまだまだ体に震えを与える頃、僕は新しい生活に疲れいつも独りきりだった。

 ようやく決まった就職先。苦労して大学に進学して、苦労して就職活動を終え、今度は就職先で新しい環境になれるまで時間がかかった。

勿論周りは知らない人だらけ。慣れ親しんだ場所から引っ越し、これから先の事なんて考える余裕もなく、『慣れろ』という一言を言われただけで過ごす毎日。自分の中を通り過ぎていくそんな空っぽな日々に疲れていた。

 社会人として一年が過ぎ、ようやく自分の後輩が入ってくるという時になって、ようやくこのままでいいのかな? なんて考え始めた俺。

 篠宮竜太《しのみやりゅうた》23歳。何も予定の無い休日に公園で独りベンチに座り、体にまとわりついて離れない風に少しだけ身震いする。

――もうすぐ春が来るのか……。

 ここ最近でようやくできた少しの余裕。その為に感じる事の出来なかった季節の移り変わり。いつの間にか通り過ぎていく暑さも寒さも、本当に何も感じる事無くただただ『生きていた』だけに過ぎないと気付いた。

 ひゅ~――

 という冷たさの乗った風がまた拭き始めたとき。

「きゃっ!!」

 俺の近くにあった、もう一つのベンチの側から声が上がる。

 その拍子に自然とその方向へと視線を向けると、自分と同じ歳くらいの女性が長いスカートに手を当てて風で捲れるのを防いでいた。

 その風によって流れて揺れる長い黒髪。さらさらとした中でもきらりと輝いて見えた。

「もう!!」

 そう言いながら過ぎて行ったいたずらな風に文句を言いつつ、着ているモノを直す女性。

「「あ!!」」

 視線を上げた女性と、その様子を見ていた俺の視線が合わさる。瞬間に「まずい!!」と思いサッと視線を逸らす俺。

 一瞬しか見えなかったけど、女性は小さな卵型の顔に色白な肌で、赤い眼鏡をかけていた。女性は大きな咳払い一つして、そのまま俺の前を通り過ぎて行った。

――良かった……。何も言われなかったな。いや何かを見たわけじゃないからな。それにわざとじゃないし……。

 女性が去って行く足音を聞きながら、俺は一人心の中で安堵した。

 それが初めての出会い。

 再びその女性と会ったのは、初めて会った時から2週間ほどが立っていた時の事。

 自炊にて過ごすことの多い俺は、住んでいるところからほど近いスーパーに、休日を利用して食料品を買いだめするために出かけていた。

 その帰り道、大きな買い物バッグを背負い少し休憩するために、公園へと足を運ぶ。入り口にあった自販機でお茶と缶コーヒーを買い、そのまま買い物バッグに入れて中へと歩いていく。

――お!? もうすぐ咲きそうだな……。

 お目当てのベンチに向かう途中にある桜の樹々。その樹々に今にも『出してくれ!!』と言わんばかりに膨らんでいる蕾を見て思う。

 木々の様子を見ながら歩いていく事数分。お目当てのベンチには既に人影が有った。

――しまった。先客がいたか……。

 時折子供が遊んでいる事を見る事はあったが、あまり大人が来ているところを見かけない公園なので、自分以外の人が使用することを想定していなかった。

 仕方ないそのまま通り過ぎようと歩いていく。ベンチの前を通り過ぎようとした時、座っている人の様子をチラッと伺う。

――あれ? この人……どこかで……。

 ベンチに座っていたのは髪の長い女性一人。その人は顔を少しだけ俯かせて本を読んでいるようだった。

「あ……」

「!?」

 思わず漏れた俺の声に、ビクッと身体を揺らす女性。そしてそのまま顔を上げた。

「な、なんでしょうか……?」

「え? あ、いえ……」

 俺に向かって不審者を見るような目を向けてくる。その視線にビクッとする俺。最近では女性とは仕事上の付き合いで話す事は有っても、こうして日常的な場所で話をするという事が無いため、瞬時に返事が出来ずその場で立ち尽くす。

「あの? どうしたんですか? 何か御用でしょうか?」

「あ、す、すみません!! その、あなたが読んでいる本……」

「本……ですか?」

「えぇ……」

 首をちょこんとかしげて俺を見る女性。

「その本……俺も読んでいたものですから。その、声が出てしまいました。驚かすつもりは無かったんです。すみません」

「あぁ……この本ですか」

 そう言って俺の方へほんの表紙を見せる女性。

 少しの沈黙が俺たちの間に訪れる。その間にも少し甘い香りを漂わせる弱い風が俺達へと流れて来た。

「あの……」

「は、はい!! すみません!! もう失礼します!!」

「え!? あ、ちょっと!!」

 俺は女性から声を掛けられて、ハッとするとすぐにぺこりと頭を下げ、女性の方を見る事もなく足早にその場を歩いて去った。

――やばい!! 俺間違いなくやばい奴だ!! あぶない!!

 見ず知らずな女性に声を上げる俺。背中を冷たい汗が流れて行った。

 そのまま自分が住むところまで速度を落とすことなく歩く。着いた時には精神的なものからくるものと、いつも運動していないのに早く歩くという行為をした反動からか、どっと疲れが押し寄せて来た。

 それから何度か、公園でその女性の姿を見かけるようになるのだが、結局は遠目にその姿を確認するだけで、何かが起きるという気配すらないまま時だけが過ぎて行った。

「あの……となりに座りません?」

「え?」

 俺から間抜けな声が漏れたことにクスッと笑う女性。

 太陽の光で、淡い桃色に染まり始めた景色の中で、俺は再び女性の前に立ってそう声を掛けられていた。

 いつものように買い物へ出かけようと歩き始めた俺は、暖かくなってきた陽気に誘われる様にいつもの公園へと足を向けた。

 公園の中を歩くだけでも気持ちが良いと感じる天気。既に樹々は緑の葉を生い茂らせ、色鮮やかな花を咲かせて春が来たことを喜んでいるようだった。

 そしてもうお気に入りの場所と言ってもいい程に使用するベンチ。そのベンチに見慣れた人の姿を確認する。

――あ……。今日もいるのか。なんか気まずいんだよな。

 その姿を見ただけで背中が丸くなる気がする。足早にその場を過ぎ去ろうとした時、その女性の方から声がかけられたのだ。

「え?」

「あぁごめんなさい。驚いちゃいますよね。私は|二木さくら《ふたきさくら》です」

「あ、お、俺は篠宮竜太と言います」

「そうですか。篠宮さん宜しければ少しお話しませんか?」

「え? でも……」

「お忙しかったですか?」

「いえ、買い物に行こうとしていただけで、時間は……ありますけど……」

「それじゃぁ」

 スッと自分が座っていた場所からちょっと横にずれる二木さん。

「…………」

「? お隣りへどうぞ」

「し、失礼します……」

 クスッと俺に笑いかける二木さん。緊張している俺を見られたことで、尚更恥ずかしさが込み上げる。

 腰を下ろしたところを確認すると、二木さんはおもむろに自分の隣に置いてあったバッグからスッと一冊の本を取り出した。

「あ、その本……」

「この本面白いですよね」

 取り出したのは、何時か俺が初めて声を掛けたときに二木さんが読んでいた本だった。それはシリーズものになっているモノの中でも最新刊で、俺もそのシリーズが出るたびに入手しているのですぐにわかる。

「ファンなんですか?」

「はい。この本の……というわけではなく、この作者様のファンなんです。なので書かれたものは読むようにしています」

「そうなんですね。実は俺もそうなんです」

「あら……。同じ方のファンに出会うなんて嬉しいです」

「あははは。そうですね。俺も嬉しいです」

 そんな他愛もない会話が続く。しかし俺は二木さんと過ごす、時が止まっているようなゆったりとした時間が、とても心地よいものに感じていた。

 この日を境に少しだけ――いや大きく俺の生活は変化した。

 この時から僕の隣には君がいて、非日常が日常になった。どうしても自信が無くて、何も目的もなくセピア色の中で過ごしていたような俺に、しっかりと色が付いたような感覚。

 そんな中でも俺達二人の関係は『友達』のまま。俺にはそれでも凄く楽しい時間だった。

 でも恋に落ちるのは簡単だ。スイッチなんてないんだから――。

 風によりひらりはらりと舞い散る桃色の粒。周りの景色も既に寒かったころの面影はなく、遠くでは元気な子供の遊び回る声が響き渡る。

 俺の思い出にはいつも彼女がいる。隣でいつもすごくいい笑顔でいてくれる。それだけで幸せだと思っていた。ただこの先『ずっと一緒にいる』という未来はまだ見えない。

 その言葉を口にしてしまったら、今の世界が壊れてしまう様な気がしていたから……。

 そんな関係が続いた1年後――。

 刻まれた記憶の中にはいつも君がいる。ケンカもしたりしたけど、なんだかんだと仲が良いまま、そんな関係を続けていた俺達。

「あなたが好きです……」

 いつもの格好ではなく、初めて会った時のような春らしい色に包まれた服装で俺にそう告白してきたさくら。

「え? きみは……」

「え? あぁ……これ?」

 そう言いながら、さくらはクイッと赤い眼鏡を指先でちょっとだけ押し上げる。

「いつもはコンタクトなんだけどね。今日は初めて会った時と同じような恰好にして来たんだ」

――そうか……。あの時のあの女性は……。

「ねぇ? 返事は?」

「ん? もちろん――」

 キャッ!! いう声を出すさくらを抱きしめて引き寄せ、そのまま桜色した唇へキスをする。それが俺の返事。

 木々を縫い差し込む日差し。その光を受けて淡く桃色の光で俺たちを祝福してくれているような風景だった。

 自分の心に刻まれた景色の中にはずっと君がいる。幾年先でも今日の笑顔のままの君がいる。

 初めて出会った公園の桜の下で――。

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